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人間ワザとは思えない遺跡!埼玉の謎「吉見百穴」へ行ってみた

2018/06/13

都市伝説マニアで、珍スポット大好きな筆者が、人間ワザとは思えない遺跡で、埼玉の謎と言われている「吉見百穴」へ行ってみた。
パワースポットらしく、「吉見百穴(よしみひゃっけつ)」って読むんじゃないの?と思って、単純に名称の読み方に疑問を持ったことが興味を持つキッカケでした。しっかり調べてみると、埼玉県吉見町にある国指定史跡「吉見百穴」の正式な読み方は、「よしみひゃくあな」と呼ばれていることがわかりました。
観たことのない光景は、トルコのカッパドキアのようだと、絶景マニアのなかで言われているほどです。

穴ボコだらけの異様な風景に圧倒される


 


標高46mの小高い山の斜面に開いた、尋常じゃない穴の数に圧倒されます。観たこともない異様な光景は、とても人間ワザとは思えません。その昔、周辺地域では「天狗や風神雷神の棲みか」などとウワサされていたようです。
 




▲発掘当時の写真


正式に発掘調査されたのは、1887(明治20)年当時、帝国大学大学院生だった坪井正五郎氏が卒業論文の一環として調査したことに始まります。
類を見ない遺跡は、数々の都市伝説めいたウワサが絶えることのない場所でもあるので、厳選して紹介しながら巡ってみましょう。
 




▲発見された穴の配置を示す模型


吉見町によれば、江戸時代に住民の間で「不思議な穴がある」とウワサが広まり、風雨によって土が削られ山肌が露出したそうです。


 

都市伝説の1つ目、古墳時代の横穴墓跡という説

 



発掘調査が進むにつれて、人骨や勾玉(まがたま)、金箔の耳飾りが次々と出土されました。
後ほど補足しますが、坪井氏は発掘直後に横穴墓跡とは違う説を唱えていました。しかし、大正時代になると古墳時代の末期(6世紀末~7世紀末)に造られた横穴墓と結論づけられ、大規模で珍しい遺跡として、1923(大正12年に国指定史跡となりました。
「百穴」と言っても実数のことでは無く、現在まで219個の穴が確認されています。


 



横穴には、奥から外に向かって下り傾斜になっているので、内側に雨水が入り込まないようになっています。更に、鴨居のようにドア止めのような工夫が施されていて、石板でフタがされていたようです。
立派な石板は保存されることなく、周囲の住民が敷石にするために持ち去ってしまい、現地には残されていません。
 




坪井氏は、現在の自然人類学、文化人類学(民族学)、民俗学、考古学まで、幅広くカバーして研究を行っていた人物です。吉見百穴の発掘調査だけをみると、穴を見つけることだけを優先する発掘方法がアダとなり、出土品の多くを散逸してしまいました。発掘した穴の順番や大きさなど、研究者としての詳細な情報収集が行われませんでした。今となっては、貴重な遺跡の解明に繋がらず、坪井氏の持論を自ら台無しにしてしまった残念な発掘調査と言えます。


 

砲弾が撃ち込まれたかのような地下軍事工場跡

 



吉見百穴周辺の丘陵地帯は、太平洋戦争後期の1944~1945(昭和19~20)年に、大規模な地下軍需工場が造られました。

 



地下軍需工場跡地は、碁盤の目のように掘られた、直径約3メートルの開口部を持つ洞窟で、今でも立ち入ることのできます。洞内は崩れている場所も多く、一部エリアしか公開されていません。
 




入ってみると…ひんやりして天然クーラーのなかにいるようです。山の斜面にあった草や木を切って、地肌が露出するまで、表面を削った発掘方法の影響なのか?比較的に掘削するのに適した、凝灰質砂岩と呼ばれる岩盤の影響なのか?
 




現状では、遺跡の保存することに重点を置き、更なる遺跡調査は行われていません。


 

数々のロケ地にもなった悪の組織アシト

 



他に類を見ないロケーションということもあり、「戦隊モノ」や「TRICK2」などのロケ地として使われています。想像力を掻き立てる風景は、「悪の組織が潜むアジト」のようなイメージにピッタリで、特撮ファンにとって「聖地」でもあります。
 




以前、スピッツがPV撮影に使った場所として知られ、ファンにとって聖地巡礼地となっています。色彩豊かとは言えませんが、「非日常感」「珍しい」「面白い」という観点でフォトジェニックなスポットや、埼玉の珍スポットとして注目されています。


 

都市伝説の2つ目、コロボックル(妖精)の住居説

 



前述にあった坪井氏が唱えていた、横穴墓跡とは違う説とは・・・、亡くなった人を埋葬するためのモノだとすると、山の急斜面に開いた横穴や、高低差のある墓は「現実的ではない」という否定的なものでした。
北海道アイヌ民族の伝承に登場する、不思議なチカラを持つ「小人コロポックルが使った住居」ではないかという考えです。
 




観るからに狭い入口は、現代の大人が出入りするには窮屈で、大人1人が入るのもやっとの大きさしかありません。
 




横穴に石板でフタをしていたわけですが、わざわざ重い石板を使う必要があったのでしょうか?山の上からロープでぶら下げて取り付けたのでしょうか?
 




小人コロポックルが、アパートやマンションのように暮らしていたとすれば、納得することができます。横穴墓と言われるよりも「コロポックルの住居」のほうが、ロマンがあっていいじゃないですかね。しかし、妖精と言われるコロポックルが、アパート暮らしというのも変ですね。冒険ファンタジー「ロード・オブ・ザ・リング」に登場する、ホビット族の住居だったら、しっくりくるかもしれません。


 

都市伝説の3つ目、宇宙人が太古の人間を飼育する施設だったという背筋が寒くなる説

 



大正時代に、古墳時代の末期(6世紀末~7世紀末)に造られた横穴墓と判断されましたが、様々な技術革新があったなか、近年では調査されていません。単に、吉見百穴から古墳時代に使われていた遺物が発見されたもので、古墳時代に造ったものとして証明したものではなく、古墳時代以前に造られた可能性もあります。
 




最大限に想像力を膨らませてみると、人間ワザではない点に注目したくなります。古墳時代より、ずっと前から「吉見百穴」があったとしたらどうでしょうか。「いつ」「誰が」「どうして」「何のため」「吉見」に造ったのでしょう?日本に限らず、世界中には「意味不明」の遺跡や遺物が点在しています。
吉見百穴は、いっけん不規則に開いた穴が並んでいるように思えますが、観る角度によって整然と並んでいることがわかります。視点を変えてみれば、別のモノが観えてくることって良くあることです。吉見百穴も地上にいる人間にとっては無用なモノでも、宇宙から見下ろすモノ(宇宙人)にとって重要なものだとしたら・・・。

 



仮に、宇宙人が人間を飼育していた施設(吉見百穴)だとしても、誰も否定はできません。考えるだけで恐ろしい話ですが、このように想像力を掻き立てるスポットがある限り・・・、パワースポット巡りはやめられません・・・妄想し過ぎですけどね。

 


 

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この記事を書いた人

ライター MAKIJI

マニアックな旅行ライター。ジブリアニメが好きすぎてトトロの森のある街で「観光コンシェルジュ」として活動中。見過ごしがちでマニアックなスポットや、都市伝説のある場所を彷徨って、妄想しながら「ひとりっぷ」している。